前回は神社と祭りが、いかに日本人の生活に密着したものであるかを確認してきました。今回は三社祭のポストで紹介した浅草寺と浅草神社の関係について触れてみたいと思います。「神社が祀る3人の神様が年に一度だけ 浅草寺の本堂で観音様と一晩を過ごした後に、 お神輿に乗って街の様子をご覧になる」というのが、三社祭の起源であることはすでにお伝えした通りです。このように神社と寺の密接な関係は全国各地に見られ、寺の境内や隣接地に神社がある、同じく神社の境内や隣接に寺があるというケースは、あちこちで見ることができます。
神道と仏教という異なる宗教が併存している状況は、海外の方には奇妙に映るかもしれません。これには日本の伝統的な文化と歴史を理解する必要があります。
日本独特の神仏習合
日本には元々土着の信仰があり、これが神道の起源となっていると考えられます。山や海、森や木、岩などの自然物に神々が宿ると信じ、また先祖の霊魂を大切にして共同体の安寧を祈ってきた自然崇拝や祖先崇拝です。特定の教祖や厳格な教義が存在しているわけではなく、色々な人々の信仰が自然と集まって形式化されたものであると言うことができます。このため、非常に寛容性が高いという特徴があります。
そのような中で、6世紀になると仏教が日本に伝来します。この間に蘇我氏と物部氏の間の激しい争いもありましたが、結果的に仏教は国家を守るものという「鎮護国家」考え方に基づき事実上の国教となります。皆さんがよくご存じの奈良の東大寺の大仏はその代表的な建造物です。その後の平安から鎌倉時代にかけて、日本の神は仏教の仏が姿を変えて現れたものという神仏習合思想が盛んになり、冒頭の浅草寺と浅草神社のように寺の境内に社が建てられたり、逆に神社の境内に仏堂が置かれたりという例も見られるようになりました。
さらには、仏教で仏法とその信者を守る神とされている「護法神」が、神社で祀られるようになった例もありました。代表例が、七福神との1つとして親しまれている大黒天です。そもそも大黒天はヒンドゥー教のシヴァ神の神格の1つであるマハーカーラで、この神は憤怒の形相を持つ破壊神でした。その後、マハーカーラは仏教の護法神・大黒天として日本に伝来し、神仏習合によって神道の大国主命(オオクニヌシノミコト)と同一視されるようになり、今やふくよかでにこやかな表情を持つ財運福徳や縁結びご利益がある神様となったのですから、日本人の信仰のおおらかさがよく伝わってきますね。
近代に訪れた2回の危機
こうして江戸時代までほぼ一体となって信仰されていた神道と仏教ですが、近代に入ると2回の危機を迎えることになります。一度目が、明治政府による廃仏毀釈で、二度目がGHQによる神道指令です。天皇への大政奉還により成立した明治政府が1868年(明治元年)に打ち出した「神仏分離政策」に端を発して、全国で廃仏毀釈運動が起こります。各地で寺院や仏像の破壊が行われ、これにより失われた国宝は数知れなかったと言われています。明治政府は「神仏分離」は仏教の弾圧を意味しないと火消を行いますが、当時の社会不安や不満などを背景に盛り上がった運動が完全に終息したのは1876年頃であると言われています。
2回目は、1945年12月15日にGHQにより発布された「神道指令」をめぐる危機でした。GHQは神道をドイツにおけるナチズムと同一視する意見が優勢であり、神道こそが国家主義や軍国主義の根源であり廃止すべきであると考えていました。「神道指令」により、国家神道の廃止、政治と宗教の徹底的分離、神道の民間宗教化が進められ、これが今日の日本国憲法における政教分離へとつながっていきます。そもそも「国家神道」とGHQが表現したようなものが、実際の政治力を持っていたかどうかは議論が分かれるところです。しかしながら、神道が今日まで日本人の生活に根差した信仰として脈々と続いているのもまた事実です。
日本文化の寛容性の根底にある神道
本稿は宗教論争を行おうという趣旨ではないので、2回の危機についてこれ以上論評はしませんが、確実に言えることは、日本では宗教が政治闘争や戦争に介在したことはほとんどなかったということです。仏教の導入を背景とした権力闘争であった645年の大化の改新以降、戦国時代の仏教勢力による武装化(石山本願寺や延暦寺)と豊臣秀吉によるキリスト教宣教師の追放(伴天連追放令)以降のキリスト教禁止くらいしか過去に例がありません。いずれも社会の混乱期であり、キリスト教の追放および禁止は布教を利用したカトリック勢力による日本植民地化の企みを防ぐ安全保障政策であり、純粋な意味での宗教戦争や対立は皆無であったと言って良いでしょう。
このような日本独特の文化的な寛容性の背景には、常に日本古来の神道が存在しており、こうした伝統は今もなお日本社会に残されているのです。(次回へ続く)
<前回の記事>
【コラム:江戸・東京 歴史を超えて】 日本のお祭りの原点は?
<三社祭の記事>
(動画あり)【コラム:江戸・東京 歴史を超えて】浅草神社三社祭 いよいよ佳境へ!
<次回の記事>
【コラム:江戸・東京 歴史を超えて】 鳥越神社大祭、明日から神輿渡御開始