【ニュースの裏側】 実質賃金27ヶ月ぶりプラス化の行方

【ニュースの裏側】 実質賃金27ヶ月ぶりプラス化の行方

2024年86日に発表された6月の実質賃金が、27ヶ月ぶりに前年同期比の数値がプラスに転じました。実質賃金とは皆さんに支給される現金給与総額から、物価の影響を考慮して算出された数値で、皆さんの生活実感とかなり一致する指標であると思います。20224月から20245月までの26ヶ月間ですから、実に2年以上も物価が上がり生活がどんどん苦しくなっていたわけです。

 

さてこの実質賃金が6月にプラスに転じて、前年より実質賃金が下がり続けるという苦しい状況が改善されたことはめでたいことです。では、これで日本経済も順調に回復して、私たちの暮らしも楽になっていくのでしょうか。今回は今後の見通しを理解する上で、重要なポイントをお伝えします。

 

図1:20221月以降の実質・名目賃金、消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)の推移

出所:厚生労働省「毎月勤労統計」、総務省「消費者物価指数(2020年基準)」よりBeyond.AIが作成

 

まず実質賃金がどのように算出されるのかを理解するために、図1を見てみましょう。26ヶ月間、青い線の実質賃金はずっとマイナスで推移していますが、この間オレンジの線である名目賃金はずっとプラスで推移をしていました。つまり皆さんの給与はちゃんと上がっていました。ではなぜ実質賃金が下がり続けていたかと言うと、灰色の線が示す消費者物価が給与の伸びを上回る勢いで上昇していたからです。給与の伸び以上に物価が上昇すれば実質賃金は下がり、逆に給与は減ってもそれ以上に物価が下落すれば実質賃金は上がります。では、来月以降の実質賃金については、どのような見通しを立てることができるのでしょうか。結論から述べると、あまり良い見通しを立てることができません。その理由を説明してみましましょう。

図2:20221月以降の現金給与総額ときまって支給する給与の推移

出所:厚生労働省「毎月勤労統計」よりBeyond.AIが作成

 

図2は「現金給与総額」と「きまって支給する給与」の推移を示したグラフです。「現金給与総額」とは、所得税、社会保険料、組合費、購買代金等を差し引く以前の総額のことで、ここには「特別に支払われる給与」と呼ばれる賞与(ボーナス)も含まれており、我々が額面として認識している給与全体を指します。この数値が名目賃金として発表されます。一方で「きまって支給する給与」とは、労働契約、団体協約あるいは事業所の給与規則等によってあらかじめ定められている支給条件、算定方法によって支給される給与のことで、「超過労働給与」を含むとされています。いわゆる残業代はここに含まれますが、賞与は含まない金額を指しています。

 

グラフに戻ると、一般的に賞与が支払われる月以外、この2つの数値は概ね連動しているのがわかりますが、20246月は両者の数値が大きく(2倍近く)乖離しているのが理解できると思います。この理由は、もちろん賞与(ボーナス)の存在です。先日大手企業の賞与が過去最高の94万円であったというニュースが報じられましたが、この効果は一過性のものです。加えて、一時は1ドル160円台まで進んだ円安が140円台前半まで円高に戻した為替の影響により、20247-9月期以降の決算がどの程度の数字に落ち着くのか不明であり、これが冬の賞与にどのように影響するのかも予断を許さない状況です。

 

 

図3:1991年以降の実質賃金と消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)の推移

出所:厚生労働省「毎月勤労統計」、総務省「消費者物価指数(2020年基準)」よりBeyond.AIが作成

 

実質賃金を決めるもう一方の要素である消費者物価についてはどうでしょうか。図31991年以降の両者の推移を示したグラフです。1990年代前半のバブル経済崩壊以降、オレンジの線である消費者物価が上がっている局面では、ほぼ例外なく青い線である実質賃金がマイナスとなっているのが見て取れると思います。グラフ内に示したように、20ヶ月以上の長期にわたり実質賃金が下がり続けた例は過去3回ありました。注目していただきたいのは、オレンジの矢印で示したポイントです。

 

過去3回の日本経済が長期的な実質賃金の下落から脱するときは、必ずオレンジの線である消費者物価指数が下落しており、前年度からの物価下落を示す水準で推移をしている点に注目する必要があります。ところが今回の消費者物価指数はどうでしょうか。20246月の速報値では、3.3と依然として高い水準で推移しています。足元で円高が進行しており、物価高騰の犯人である原油や穀物の価格は、以前と比べれば落ち着いているものの、緊張が高まっている中東の情勢いかんによっては再び高騰するリスクも十分に孕んでいます。

 

以上のように、賞与の効果により一時的にマイナスから脱却した実質賃金ですが、この効果が薄れる秋以降再びマイナスに転じる可能性が十分にあります。加えて、真夏の電力消費が上がる時期に電気・ガス料金に対する政府の補助金が停止される点も懸念材料です。日経平均株価の大暴落から、ドル円が140円台という以前に比べれば円高で推移しているのは唯一明るい材料ですが、コメの不作による価格上昇や中東情勢いかんで高騰もありうる原油価格など心配材料は尽きません。個人の生活実感など日本経済の行く末とは関係ないと思ってはいけません。実は日本経済のGDPの最大の構成要素は、皆さんの日々の買い物によって左右される民間最終支出なのですから。

 

9月には日本のリーダーを決める、重要な自民党総裁選が行われる予定です。その前の9月上旬に7月の実質賃金のデータが発表されます。日本の行く末を決定する発表に、皆さんもご注目ください。

 

Beyond.AI.各種レポートは下記のリンクよりご覧ください。

「【日本語版】勝てる日本の製造業:なぜいま製造業なのか」

「【日本語版】インバウンド白書 ホテル・宿泊業界編 (2024年版)」

 

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